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前橋地方裁判所 昭和33年(わ)46号 判決 1959年10月28日

被告人 上村英夫

大七・八・一六生 医師

主文

被告人を懲役十月に処する。

ただし、この裁判の確定する日より三年間右の刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき理由)

被告人は医師及び麻薬施用者の免許を受け、肩書住居において、同仁医院と称する診療所を開設していたものであるが、法定の除外理由が無いのに、意思を継続して、

第一、麻薬中毒患者鄭鉉鎬に対しその中毒症状を緩和するため、

(1)  昭和三十二年十一月十四日前記診療所において麻薬オピアル注射液一cc入り十本、

(2)  同年十二月五日同所において同麻薬注射一cc入り十本、

(3)  同月十日同所において同麻薬注射液一cc入り二十本、

を施用のため夫々交付し、

第二、(1) 昭和三十二年十一月十四日前記診療所において右鄭鉉鎬に対し、麻薬オピアル注射液一cc入り十本を施用のため交付したのに拘らず、所定の診療録にその施用のため交付した麻薬の品名、数量及び交付の年月日等所定事項を記載せず、

(2) 同年十二月五日前記診療所において右同人に対し、同麻薬注射液一cc入り十本を施用のため交付したのに拘らず所定の診療録にその施用のため交付した麻薬の品名、数量及び交付の年月日等所定事項を記載せず、

(3) 同月十日前記診療所において右同人に対し、同麻薬注射液一cc入り二十本を施用のため交付したのに拘らず、所定の診療録にその施用のため交付した麻薬の品名、数量及び交付の年月日等所定事項を記載せざりし、

ものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の各主張とこれに対する判断)

第一、被告人は鄭鉉鎬が麻薬中毒患者であることの認識を欠いでいたとの主張について。

前掲各証拠のうち、被告人の検察官に対する各供述調書、同人の司法警察員(麻薬取締員)に対する各供述調書等によれば、被告人は鄭鉉鎬が麻薬中毒者であることを知つていたとの旨の供述記載があり、かつまた第七回公判調書中、被告人の供述として、「鄭鉉鎬が山崎病院に入院した事実を知つていた」との旨の供述記載及び同公判調書中、証人山崎宏の「注射の痕跡や、山崎病院入院の事実を知れば専門外の医師でも麻薬中毒者であるとの推量ができる」という趣旨の供述記載部分その他本件各証拠を総合すれば被告人は鄭鉉鎬が麻薬中毒者であることの認識を有していたものと思料せられる。

第二、本件麻薬は被告人が鄭鉉鎬に喝取せられたものであつて、施用のため交付したものでないとの主張について。

本件各証拠を綜合考察するに、被告人は医家に生育し昭和十年三月福岡県立中学校明善校を経て、昭和十一年三月日本大学医学部に入学し、その後中華民国青島所在の同仁会医科学院に入学し、昭和二十年十月同学院の昇格せる医学専門学校を卒え、昭和二十一年五月二十七日医師の免許を受け、東京都内、山形県等にて医業を積み昭和二十七年三月頃より肩書地に診療所を開設したるものにして、医師として既に十有余年の経験を有し、その間昭和二十二年頃より麻薬施用者の免許をも受けをり、麻薬の取扱ならびにそれに関する法的規制については充分認識を持ちをることは勿論、麻薬中毒患者の取扱ならびにこれに対する処置についても充分の配慮を尽くし得べき地位にあつたものであることは明白である。しかも、被告人は本件犯行直前の昭和三十二年四月頃所轄群馬県衛生民生部薬務課麻薬係麻薬取締員より麻薬取締法違反被疑事件について捜索差押を受けたことあり、その際の被疑事件も本件犯行の相手方たる朝鮮人徳平正夫こと鄭鉉鎬に対する本件類似の事犯であることを顧みれば、医師乃至麻薬施用者としての被告人がたとえ鄭鉉鎬より麻薬の交付方を強要せられたものとしても本件の如く、都市の市街地において、来訪した患者から麻薬の交付方を要求せられ医師が同一市内の薬局に電話を以つて注文し当該麻薬を持参せしめた上、これを交付するだけの余裕があり差程遠からざる地域に警察官憲その他の取締官署等も所在し家人等の外近隣も相当多数ある地域において再三にわたり来訪せる相手方に対する交付の態様から見るも、本件各交付等が喝取と認定出来得るに足るものでないことは余りにも分明と言うべく、この点の主張も亦これを採用するに値するものではない。

よつて右主張はいづれもこれを採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の(1)(2)(3)の各所為は包括して麻薬取締法第二十七条第三項同第六十五条第一項包括一罪に該当し、第二の(1)(2)(3)の各所為は同法第四十一条、第七十一条に該当(包括一罪)するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、以上判示第一、第二の各罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、同法第四十七条第十条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をなした刑期の範囲で被告人を懲役十月に処し、諸般の情状により同法第二十五条を適用し、この裁判の確定する日から三年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して全部被告人の負担とする。

(裁判官 藤本孝夫)

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